やっと理解できた(と、思いたい)

昨年の11月頃から何も投稿していない私。半端ない罪悪感と情けなさがなかなか消えない。ある事実をやっと理解した、そしてその事実と見つめ合って理解出来た話を紹介しよう。

 

「手伝って」

「助けて」

「お願いがあるの」

が、言えない私。自分の事は自分でする。なぜかこの考え方が幼い頃から浸透していた。助けを求めるのが下手である以上、自分で何とかやりたい、やらなくてはいけない事を実現し続けてきた。助けを求めていない以上、誰も手伝ってくれない。だから自分にプレッシャーをかけて自分で解決してきたのだが、これが去年は大失敗。

 

結論から言うと、アメリカの医者のミスで3ヶ月寝込んでしまった。その後、肩の関節を人工にする手術。長く寝込んでいたので体力が全くない事に気づいていなかった私は普通に手術をした。が、なかなか回復しない。痛い。半端なく痛い。でも痛み止めは長くは飲めない。11月には日本に向かったがこれも大失敗。スタミナがない以上、東京は疲労が取れない。また寝込んでしまった。そして12月には反対の肩の手術。これも人工にした。また痛みとの戦いが長く続いてしまった。

 

疲れた体は回復しない。いや、いずれは元通りになるのだろうが完璧に回復するにはあと一年かかると医者に言われてから今度は鬱。やる気がない。体力がない。何を食べても美味しくない。つまらない。「私ってこんなに弱いのだろうか」と自分に問いかけては叱り、「出来ない訳がない」と自分を攻めるようになった。

 

体はあちこち痛い。肉体的な疲労が精神的な疲労に繋がってしまったのだ。さぁ、どうする、アミア。

 

甘える事にした。夫、弟、子供、子供夫婦、友達、お隣さんなどにお願いをして自分で出来ない事を全部頼んだ。

「母さんは治る事だけに集中して」と、子供に言われた時には泣いた。

 

良いのだ、人に頼っても。自分の体と精神を犠牲にしてまで仕事を続ける必要なんてない。自分のニーズを無視したからこうなった、とやっと認めた時にも泣いた。

 

自分で自分を大切にしないといけないのだ。人に頼る事も必要だが、自分に対して正直でないと結局どうにもならない。

自分を大切にする。疲れたら休む。社会に尽くすのも良いが、自分にも尽くす必要がある。去年は丸1年かけてこの貴重なレッスンを学ぶ事が出来た。

やっと分かった。私は不死身ではない。限界がある。いつもフルスピードで動く必要はない。自分を大事にしないと最終的には何もできなくなってしまう。

 

鬱は何とか回復したが、ここで頑張りすぎるとまた寝込んでしまう。セルフ・ケア。

今年は出来る事から徐々に。このモットーでまたダウンしないようにする。2月末までかかってしまったが、やっと理解出来たこの現実。

 

私が私を大事にする。そして、人に頼っても良い。

よし。

よし。

分かった。

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